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2006年 3月

 

 今年の3月

2006年3月3日 片山喜章 

3月。たいていの園では年度末でそわそわした雰囲気に包まれます。担任も哀愁を感じながら子どもたちとの日々を過ごします。しかし、子どもたちの方は、なごり惜しさよりも進学、進級への思いの方がずっと大きいように思われます。そんな子どもたちの気持ちに沿う意味からも、はっと保育園では、もうすでに新しいクラスに向けた生活(「移行期保育」)がはじまっています。これは開園以来のしくみで、手順も年々進化しています。

 

3月。いま、連日のように保育の振り返りをしています。乳児、とりわけ0歳児1歳児の保育は全国区で誇れるほどのスグレモノになってきたと自負できるようになりました。先月も、東京や石川から見学者がやって来て、子どもたちの落ち着いた雰囲気(個別の噛み付き等の問題はあります)や生活面での自立した姿に感嘆の声をあげられました。保育士たちの声がけもほんとうに“もの静か(性格は全く別です)”で、ゆとりがあります。

一方、幼児は課題、懸案がたくさんあります。相変わらず、乱暴な振る舞いをする子どもに対するわれわれの対応が不十分だと指摘されてもしかたない状態も生まれます。お昼休み、多くの保育園では4・5歳児は午睡をしているのに、はっとは遊びっぱなしです。この状態に対して疑義も生まれています。午睡をしなくても、一定の時間、制約の中で静かに生活する場面も必要であると感じだしてもいます。また、異年齢保育、といっても3〜5歳児の異年齢保育のあり方に対して、もう少し年齢別保育に重点を置く、特に3歳児保育の独自性を尊重すべきではないかという声も内部から持ち上がっています。

私は私で最近、はっと保育園に限って言えば、子どもたちどうしの関わり合い以上に、保育者と子どもたちの遊び込み(一斉にお絵描きをするような活動ではない)が、必要だと感じるようになってきました。子どもの心を理解した大人が、遊び心を発揮できる大人が、深く子どもたちと関わることで、子どもは癒される、子どもは大人を信頼する、子どもは生きる喜びを味わう、こんなに物が豊かでありながら殺伐とした“おかしな時代”には、大人が子どもと無邪気に遊ぶ、そんな保育観が不可欠であると実感してきました。

 

今年の3月。「移行期保育」の傍らで「移動準備」も進めています。東灘のあおい宙保育園に3名、神戸市 初の民間移管園(なかはら保育園)に3名の保育士が移動します。私も移動します。5年目を迎えるはっと保育園に少し強すぎる新風が吹き込みます。けれども、常に「なぜ?なぜ?」「いかに?いかに?」と自問自答する風土が職員集団に醸成されていますから大丈夫です、というより、子どもは大人の数倍も目の前の現実を受け入れますから職員移動という強い風を香りの高い薫風くらいにしか感じない、そんな気がします。

 

やっぱり進化している

2006年3月10日 片山喜章 

新年度のための「移行期保育」も中盤に差し掛かりました。やっぱり、今年も物(家具類や生活環境)が動きます。毎年、保育を検証しているから、進化しているのだと言えます。しかし、毎年の見通しが不十分だとも言えます。17年度は、乳幼児の担任が大きく入れ替わり、18年度の幼児クラスは17年度の担任が1人も残らない布陣になっています。しかし、私の感覚(観察)からすれば、やはり進化していると思います。例年、異年齢保育と称して、3月からなぎさ組を幼児クラスの大集団に混ぜていました。それが彼らにとって「学び」になると考えていたからです。確かに、子どもは他の子どもの影響を受けて学びます。しかし、実際のところ、はっと保育園の4歳・5歳児のダイナミズムは、凹凸が激しいのです。午睡がないことも手伝って、遊び込む経験も力も半端じゃないと保育者のだれもが実感しています。けれども、遊び込みがただの自発性の発揮で、自分をコントロールする力や他者支援=思いやりに必ずしも結実しているとは言いがたい現状もあります。1人の子どもの乱暴な言動は、周囲への影響力が大きいのです。乱暴な子どもが悪いのではなくて(悪い子どもなんて、いないのだ!)、それに対応する保育者の態度や振舞い方がまだ模索の中にある、というのが偽りのない現状です(もちろん、その子の家庭の風土や保護者のわが子への関わり方が大きな要因であることも否めません)。言い訳になりますが、日本国中、とくに学校関係者も模索の中にいると思われます。

 

そんななか、いま、はっと保育園では幼児にふさわしい生活のあり方とルールづくりが火急の課題として認識され、実践されはじめています。別の言い方をすれば、基本的な対応哲学を構築しなければ(ただ厳しくすればよいのではなく、逆に真の受容が必要だから、むずかしいのです)、子どもたちが今、持っているすばらしい自発性を望ましい方向に導けないという危機感を抱くようになりました。それは、“おひさま”から“なぎさ”までの乳児保育がほぼ確立され、全国津々浦々、だれに見ていただいても恥ずかしくない“スーパー乳児保育”と比較することから生じる私のあせりかもしれません。

今、(ユーノーな)保育者集団の認識の進化を背景に、なぎさ組=18年度のにじ組の子どもたちが、いきなり幼児集団という荒海に投げ出されることになってしまわないように、ランチルームでの食事を10月の運動会が終わった頃からはじめることに決めました。それまでは、2階でにじ組だけで落ち着いて食べます。お当番活動としては、かもめ組の子どもたちが輪番で出張に来てくれます。 

ロッカーの場所も変わりました。デッキでは新にじ組が混雑します。保育室にもトイレにも近い旧積み木コーナーを身支度のスペースに変えました(これは、あの、きらきら保育士の提案です)。

卒園式準備やクラスのアルバム作りでフツフツした日常のなかでも保育士たちは毎晩おそ〜くまで残って「今とこれから」を同時にがんばってくれていることに、いまさらながら感謝する毎日です。

 

毎日、午後3時の視察

2006年3月17日 片山喜章 

21日から毎日午後3時、日々の子どもたちの様子はどうなのか、日頃の保育(特にコーナーの様子)はうまく機能しているのか、それらを確認するために、主任、事務長、園長のうちだれかが(主に主任)が、園内の見回り点検=視察をしています。そこで気づいたことは、そこにいる担任たちに伝えて、改善を促しています。今週の13日の月曜日、私はじっくりと幼児クラスの視察をしました。

現在、幼児クラスは移行期保育のさなかにあって、なぎさ組も合同ですから、4クラスの子どもたちがいっしょでした(そのときは70名)。1人ひとりはごく普通に会話していても全体としてはざわついた感じで、「できるだけ大きな声を出さないように」といっしょうけんめい促す保育者の姿がありました。このざわついた状態をどのように評価してよいのか、むずかしいと思いました。個々がある程度、集中して遊んでいるように伺えますし、また、全員が遊び込めているかどうか、気にもなります。

しかし、驚いたことが2つ、3つあります。なぎさ組(新にじ)の子どもたちが不安がらずに、主にママごとコーナーを中心に遊んでいました(遊べていました)。おそらく、ふだん、なぎさ組でママごと遊びを十分に楽しんでいたことと、なぎさ組の保育として何度かこの幼児コーナーで遊ぶ経験があったことも大きな要因だと思います。また、にじ組(新そら)の子どもたちにも“ゲームで遊ぶ力”(育ち)が身についていました。私もにじ組の女の子2人のお誘いを受けて、10分程度、いっしょに遊びましたが、遊び方(ルール)をマスターしており、その遊びの楽しさもわかっているようでした。遊びが一段落して私が去った後も、その子どもたちだけで続けていましたから、ホンモノの力だと思いました。

コーナーにある玩具は、子どもの育ちを促すねらいをもった、いわば、教具ですから、それを楽しめないようでは、保育として全く話にならない話です。ですから、今の時期、遊べて当然といえば当然なのでしょうが、なぜか、ほっとしてうれしく感じてしまいました。ぬりえのコーナーには一時期、クロヤマの人だかりで、2つのテーブルにそれぞれ10名を越える子どもたちが群がっていました。「ぬりえ」に関しては、子どもの創造性を育むという点から、専門家の間でも賛否両論(否定の方にやや勢いあり)のあるテーマですが、子ども自身が選ぶ活動ということから見れば、否定されるものではないと思います。ただ、逐一、保育者の許可を得て、子どもたちは11枚、ぬりえや折り紙(広告紙)をもらっていますから、保育者の手が取られます。コーナー保育という形態は子どもたちの主体性を伸ばします。しかし、クラス単位の一斉保育に比べると、子どもどうしのトラブルに気づきづらい状態であると観察していて痛感しました。いま、新幼児クラスの担任を中心にいかに主体性を重んじながら、管理状態(トラブルは一瞬に起こります)をつくりだすか、連日、話し合いを行っています。

けれども、2年前、遊んだ後の玩具が散乱し、テンヤワンヤしていた頃を思い起こせば、概ね、毎日、きちんと片付いている現状は、子どもたちにも保育者たちにも管理力がついた証だとも思います。

 

4度目の卒園式

2006年3月24日 片山喜章 

明日は第4回の卒園式です。そのたびに「園長先生のお話」をしてきました。これまで「お話」してきた内容は、実のところ、まったく思い出せません。自分の食べたものなどは、3日前ともなれば、完璧に思い出せない“やばい状態”にあります。けれども子どもたちとのエピソードは、この4年間はもちろん、20年以上前の保父さんをしていた頃を含めて、何年経ってもシツコク覚えています。

自分の幼稚園時代(公立で1年保育でした)のことも、卒園式を含めてたくさんの記憶があります。私のクラスはさくら組で担任は柄谷先生、残りの3クラスの担任(うめ組、 原田先生から途中で産休になり 畑先生、もも組、徳永先生、もみじ組、林先生=主任、園長は小学校の校長で西山先生)についても、性格を含めてよく覚えています。卒園式の日、先生たちはみんな泣いていました。先生が泣いていることが不思議でした。その泣いている姿が悲しいような、不安な気持ちになった感覚がいまだに残っています。茶話会では、はしゃぎまわりました。先生たちが食べ物を口に入れる姿が何か奇妙で、友達の 谷井啓一くんと重田のりこちゃんの3人で『いま、@@先生、パン、口に入れはった』とひそひそ話をしながら、断続的に声を出して笑って、みんなの注目をあつめていました。いまでは考えられないような目立ちたがり屋だったのです。みみつきのサンドウィッチには缶詰のミカンが1つ入っていました。それだけをよけておいて、あとの楽しみとして食べました。45年以上、むかしのことです。

 

明日、卒園する子どもたちとのエピソードも1人ひとりしっかり記憶の映像のなかで生きています。保護者のみなさんがイメージされている以上に、私たち保育者は、ずっと、忘れないものなのです。

連日、なんやかんやと多忙を極めていますが、いま、夜遅くひっそりと、卒園児名簿を眺めて、1人ひとりのことを保護者のみなさんとのエピソードを含めて「あんなこと、こんなこと」を思い浮かべて、ひとり、にんまりしています。時間がまったりと進んでいます。充実した“瞬間”がつらなります。

1人ひとりの子どもとの思い出をフラッシュバックすることに意識を集中していると、それが元気のエキスになってテレパシーのように子どもたちに届かないかなあ〜と妄想を抱きますが、実は自分自身がいちばん癒されていることに気づきます。ふたたび自分のことに立ち返ると、侮辱をうけるような叱責、感情だけで叱られた時、排他的で粗暴な心が育ったと思います。逆に自分自身で招いた災いで苦しんだときは、自分のことが可哀想で胸が痛み、友達がほんとうに困って泣いていたとき、その悲しみに何もできないことが申しわけなくて「自分が代わってあげる、自分なら耐えられるから」と感じたことがありました。楽しいことよりも切なくて悲しいことが生き抜く力の源泉になっていると感じます。 

卒園式を前にして、「園長のお話」の内容を考えるよりも、子どもたちに思いを寄せる時間を設けたり、自分自身のことをエピソードを通して時間をかけて省みることが楽しみに感じるようになりました。

線路はつづく(ファイナル)

2006年3月31日 片山喜章 

はじまりがあるものには、おしまいがあります。おしまいといっても、完全に終わってしまうものもあれば、節目として変化するものもあります。先週の土曜日、かもめ組の子どもたちは卒園して、今日、つばさ組として飛び去っていきました。保育園でいちばん大きなお兄ちゃん、お姉ちゃんが、4月から、小学校ではかわいい、かわいい1年生として扱われます。そこから、また、新しい成長がはじまります。私見では、子どもがおかしくなりだした今の時代を考えると、もう1年くらい保育園や幼稚園で生活するほうが豊かになると思います。学力ではなく、人としての育ちに関心を抱いて来ましたから。けれども、世間の感覚は逆です。就学年齢の引き下げを企んでいる識者や政府のお偉方がたくさんいます。英米では確かに5歳児で小学校にいきますが、7歳くらいまでは、ゆったりとした遊び混じりの学習になっているので同一路線で考えるのはおかしいのです。この話題は、もう5年もすれば、沸騰する可能性がひじょうに高くなると見通しています。 

明日、入園式があって、4月3日から新しい友達が登園しますが、移行期保育のおかげで、とくに大騒ぎしなくてもよいと思います。しかし、もうそこには私の姿はないのです。寂しいようですが、保育園をおしまいにした卒園生が小学1年生をはじめるように、当人は移管園で新しい園長として“成長”していきます。はっと保育園にくらべると厳しい状況(神戸市 初の公立の民間移管園の園長)で力発揮をします。新しい環境では、卒園して、かわいい、かわいいと言われる小学1年生たちとは逆で、多くの保護者にあまり歓迎されないなかで運営をしなければなりません。また、行政からの制約も大きく、主体性を発揮できない条件で奮闘します。「民間保育園経営」とは?を理解しようとしない(できない)役所の認識不足のおバカな方針のなかで、明るく(装って)、創意工夫を発揮して運営にあたります。これまで、思いついたら即、行動に移して、常に“新しい今”をつくって来た人生の路線を転換しないといけません。そんな不自由さが、かえって自分自身の“新しい成長”を促してくれるのではないかと密かに期待しています。

はっと保育園を開園して4年、なんにもないところに、くねくねの線路をつくって、園の色付けをしてきたように思います。そこをすすんでくれたのは、スタッフたちで、今では(園の)色気も付いて、自分たちで行き先を決める力も身についたように感じます(私は園内研修で関わります)。

これを機に「週間メッセージ」はおしまいになります。これは完了です。長らくのご愛読ありがとうございました。人生の路線の変わり目で、制約が大きくても、それなりに私なりの色付きの線路づくりは、続けていきたいと思っています。 野を越え、山越え、谷越えて、ど〜こまでも・・・・。

 

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